厚生労働省や都道府県庁、市役所、保健所等の行政機関で働く歯科医師は、全国の歯科医師の1%にも満たない少数派です。今回、地方自治体で、地域住民のために働く橋野恵衣さん(2006年卒業)に、貴重なお話をお伺いしました。
大阪大学歯学部を受験された経緯を教えてください。
正直なところ、「歯学部に行きたい!」と強く思った結果ではありません。何になりたい・何がしたい、という未来像は明確でなく、漠然と、文系・理系問わず、手に職をつけ、国家資格を得られるような学部に行こうと考えていました。結果的に、自宅から通える距離にあったことが最大の決め手だったと思います。今思えば、「そんなことでいいのか」と当時の自分に問いたいところですが、それはさておき、歯学部は、専門性のある学部であるからこそ、強い志望動機があったり、「おうちが歯医者です」といった人が目指しそうなイメージだと思いますが、実はそうでもない人もいますよ、という実例の一人です。
卒業後、現職にいたるまで、どのようなキャリアを歩まれましたか。
卒業後、歯学部附属病院で臨床研修を行い、大学院に進学しました。その際、予防歯科や公衆衛生に関心がありましたので、予防歯科学講座でお世話になることとしました。大学院生時代は、研究室では、主に歯周病予防に関係する基礎研究を行い、診療室では予防歯科診療を行っていました。博士課程を修了後、医員を経て、歯学部附属病院の口の難病プロジェクトの特任助教を拝命し、ヒト唾液のメタボローム解析(生体内の代謝物質を網羅的に調べて分析する手法)を用いた歯周病予防に関する研究などを行いました。歯学部卒業後9年間にわたり、歯学研究科・歯学部附属病院で、歯科医師や研究者として、育てていただいたことになります。そして、ご縁があり、卒後10年目に現在の行政歯科医師職になるという転機を迎えました。
現在の勤務先について教えてください。
現在は、とある地方自治体に勤務しています。いわゆる行政で働く歯科医師です。保健福祉分野の部署で、歯科医師としての専門性を活かしつつ、地域住民の口腔保健に資するための施策の企画立案や調整・マネージメントなどの業務を行っています。
地方自治体で働く歯科医師として、現在どのような仕事をしていますか。
臨床現場では、多くの場面で、目の前の患者さんの病気や健康に向き合うことが求められますが、行政機関に勤める歯科医師は、地域社会・地域住民という集団の健康増進や疾病予防などに向き合うことが求められる仕事です。
令和4年の国の統計調査では、全国に歯科医師は約10万人とされますが、そのうち行政機関に従事する歯科医師は約300人(0.3%)と、歯科医師としては非常にマイナーな道を歩んでいます。行政機関といっても、厚生労働省や都道府県庁、市役所、保健所など色々で、求められる仕事も様々です。
現在の私の仕事の多くは会議・打合せ、書類作成・連絡調整などで占められ、歯を削ったり詰めたりといった歯科医師の一般的なイメージからは離れた仕事をしていますが、市民のいのちと健康のためにも歯科に関わる政策の遂行のためにも欠かせない職務と認識しています。
歯科専門性だけではやっていけない行政の歯科医師職という仕事に力不足ではないかと思うこともありますし、少数派の大変さやプレッシャー、責任も日々感じていますが、同時に、やりがいや使命感もあります。
母校のことをどのように考えていらっしゃいますか。
現在の職場に入職した際、行政の知識や経験は十分あったとは言い難く、現在の職場の皆さんに行政機関の職員として育ててもらってきたと思います。ただ、その慣れない環境でやり続けられたのは、阪大という環境で、歯科医師、研究者、社会人としての適応力・対応力を育てていただいたからこそ、だと思います。
また現在でも、大学や地域で阪大歯学部出身の先生方とお会いすることがありますが、少数派の仕事をしている同窓生に対する温かいエールに、阪大在学・在職中よりも一層、阪大歯学部のつながり・温かさを実感しています。
阪大歯学部を目指す高校生・受験生のみなさんへエールをお願いいたします。
歯科医師は、歯科診療所などの臨床現場で働いている人が大半を占めることは事実ですが、病院歯科や大学、研究機関、教育機関、そして行政機関まで、意外にいろいろなところで働いています。そして、どんな道でも何らかの形で、人々のいのちや健康、生活に貢献できる専門職種だと思います。阪大歯学部では、そんな多様な道に進める歯科医師をしっかりと育て、サポートしてくれる環境が整っています。皆さんが阪大歯学部で実りある学生生活を過ごされることを願っています。