口腔顔面領域の触知覚・運動に関わる神経回路構造

私たちの研究室では、口腔顔面領域の感覚や運動に必要な脳の構造・機能について研究を行なっています。我々の脳には多数の神経細胞が存在し、それらが互いに複雑に結合して神経回路網を形成しており、脳機能解明が難しい理由の一つになっています。私たちはげっ歯類を用いた実験により、感覚・運動情報処理を担っている一つ一つの神経細胞の電気的活動を記録しつつ、その細胞を取り巻く「神経回路地図」の解明を目指しています。

げっ歯類のヒゲ運動を制御する神経機構

国際的な研究チームに参加してヒゲ運動を制御するcentral pattern generator (CPG) の研究を行った (Moore et al., Nature, 2013; Matthews et al., J Comp Neurol. 2015; Deschenes et al., Neuron, 2016)。この研究では、ヒゲ運動のCPGが呼吸のCPGと神経回路を共有しており、呼吸とヒゲ運動が同期することを見出したのが大きな発見であった。

上丘のヒゲ運動制御において果たす役割

CPGの上流にある神経回路を調べる実験を行った。Kaneshige et al. (Front Neural Circuits, 2018) では、眼球運動の制御に重要な役割を持つ上丘が、ヒゲ運動にも大きな影響を与えており、それはヒゲ運動筋を駆動する運動ニューロンが存在する顔面神経核への直接投射が主たる役割を果たしていることを明らかにした。

大脳皮質運動野ニューロンの運動制御情報と軸索投射

Shibata et al. (eNeuro, 2018) では、ヒゲ運動に関わる皮質運動野の軸索投射パターンと発火特性を単一ニューロンレベルで調べた。その結果、皮質下の多くの領域に軸索を送るPTニューロンはヒゲ運動が大きい時に発火頻度が上昇したのに対し、反対側まで軸索を伸ばすITニューロンは小さいヒゲ運動の時に好んで活動することを明らかにした。この研究の結果では、皮質からの投射回路によって運動情報の符号化様式が異なることが示唆された。

皮質から視床への投射が視床中継ニューロンの活動を修飾する

ヒゲ感覚を大脳皮質に中継する視床(VPM)のニューロンが、皮質感覚野からの下行性投射にどのような影響を受けるか調べた実験 (Hirai et al., Brain Struct Funct., 2018) では、皮質-視床投射ニューロンが視床ニューロンの静止膜電位を調整することによって、感覚入力に対する視床ニューロンの反応特性モードをダイナミックに変化させていることがわかった。この皮質視床投射は、皮質の内的状態に応じて、上行性感覚情報処理の過程を修飾する機能として都合がよい。

三叉神経の触覚系末梢受容器の反応特性を規定する形態学的基盤と生物学的基盤

末梢機械受容器の研究を行っている。Furuta et al. (Curr Biol., 2020) では、ヒゲの根元にある末梢受容器において、その解剖学的構築と個々の末梢神経の反応方向選択性との間にある関係性を明らかにした(右図)。この末梢での研究をさらに発展させる形で、実際のヒゲ運動とその結果入力される機械的刺激を、機械受容器の解剖学的特徴と結びつけて解析するプロジェクトを進行中である。


全脳からシナプススケールにズームインするイメージング技術の開発

Furuta et al. (iScience, 2021)では、センチメートル(cm)大の動物脳の光学イメージングから、ナノメートル(nm)単位のシナプス構造の電子顕微鏡観察までを包括的に可能にするイメージング法の開発に成功した。組織透明化処理法を用いたこの手法により、用途によって異なる顕微鏡技術をつなぎ、途切れなく観察することが可能となった。